昨夜、「わくわく混浴アパートメント」が展開をはじめた清島アパートに行く。
行ってみて我ながらまず驚くのは、あの建物の空気そのものが違ってしまったことだ。そんなことは当然予想もつくし、口ではいくらでもしゃべれるのだけれど、なんというか、空気が流れていて、心理的というよりも物理的に、即物的に、空気が以前と違うのだ。「建築」とか「建物」ということの基本を考えてしまって、言葉もなかった。
息が吹き込まれる。今回はここに集まった人々がアーティストということもあり、イン・スパイア、この古ぼけたアパートに命が吹き込まれる。
骨格は海外アーティストで構成するという基本方針には同意したが、同時に国内の若いアーティストたちに活動の場を与えたいと思ってきた。それも別府出身とか大分出身ということだけにこだわらない、許容量のある枠組みが必要だった。
横浜トリエンナーレ2005のとき、総合ディレクターがアーティストなんだから、ディレクターたちが選んだアーティストが自分たちの作品に、今度は彼らが選んだアーティストを呼び込んできたって良いじゃないかと考えて、こうした展覧会内展覧会的な動きをどんどんと加速させてみたことがある。
もっと言えば、こうした発想の原点には、2002年の帯広『デメーテル』で経験した出来事がある。ある朝会場に向かうと、ケンケンバの白い円が延々と、会場に向かって続いている。だれがこんなうまい誘導策を考えたのか、スタッフをほめようと会場に急いだが、実はこれはたまたまやって来たあるアーティストが、勝手にやったことだった。『デメーテル』という自分たちの「計画」の外で、新たな動きが生まれていくという事態そのものに、私は強く引きつけられた。余談だが、それをやったアーティスト、スズキジュンコもまた、今回の「わくわく混浴アパートメント」に参加していると知って、軽いめまいを覚えもする。
藤浩志を通して、浦田琴恵が桜島の廃業したホテルで興味深いプロジェクトを実行したことは聞いていた。なんかいいなあと考えて、別府でも浦田のような人物に声をかけ、レジデンス的な展開ができると面白いと思った。そのうち遠藤一郎の存在を知り、ではこのふたりをコーディネーターにして、いろいろなアーティストに声をかけてもらったらどうだろうかと考えていく。そして、清島アパートだ。このアパートの「発見」は、大げさに言えば『デメーテル』における「帯広競馬場」の発見くらい大きなことで、この3者の組み合わせ、浦田、遠藤、清島アパートの組み合わせが見えたとき、プロジェクトの骨格が鮮明に頭に浮かんだ。パズルの断片がばしっと納まる。ここまでくれば迷いは消え、すべてを浦田と遠藤、そして現地対応としてはBEPPU PROJECTの坂本倫子に託す。
ディレクターとしてわざと投げ出した結果が、今こうしてかたちになりはじめている。自己組織化の驚きであり、それこそ、こんなに「わくわく」することはない。